待合せについて

ホームに続くエスカレーターを登り切ると

柱の陰に、黒髪のショートヘアの娘が立っていた。

朝の電車で最近話をするようになったあの娘だ。

 

読んでいた本から目をあげて

僕に気が付き、笑顔で本を閉じた。

 

「どうして?」

「待ってたんだよ。今日終業式で最後だから。」

 

僕は冷やかす友達も巻き込んで

彼女と一緒に家路についた。

自宅のある駅まで電車で約40分。

 

途中、どんな話をしたのかは覚えていないけど

同じ駅で降りた彼女を、ロータリーのバス停まで見送って別れた。

 

彼女は、一緒に帰る間とても陽気に話をしてくれた。

別れ際、名残惜しそうな様子もみせてくれた。

 

駅から帰る道すがらに電話ボックスがとても気になって

家に帰ってから居てもたってもいられず、電話ボックスに行き

教えてもらったばかりの彼女の家の電話番号のダイヤルを回した。

 

母親が電話口に出て、彼女に変わってくれた。

さっきとは打って変わって大人しい口調の彼女。

機嫌を損ねてしまったか?!とちょっとドギマギしながら

しばらく話をして電話を切った。

 

ガタッ・・・ピーピー・・・電話を置き、使いかけのテレホンカードが

電話から出てくる音がボックスに響く。

 

何か一つ大きな役割を終えた時のように、ガクッと疲れて

家に帰ると自宅の電話が鳴った。

 

出ると、彼女からの電話だった。

 

「さっきはゴメン、家で恥ずかしくて。電話ありがとう。嬉しかった。」

 

僕はとっさに彼女に愛の告白をして、彼女もそれを受け取ってくれた。

 

その電話を切る時の音は、さっき電話ボックスで置いた時の音よりも

ワントーン高く、弾んだような音色だったはずだ。

 

今や携帯で、いつどこに居ても連絡を取れる環境が当たり前になった。

電話口の相手に呼びかける事も少なくなった。

 

「いまどこ?」

 

から会話が始まり、名前を呼ぶ機会は少なくなった。

 

来るかどうかわからない相手を待つあの時間はもう無い。

改札の向こうの人ごみから、待ち人を見つけた時の感情を味わえない。

 

分からない事が多いから、恋はミステリアスだった。

分からない事が多いから、知ろうと努力をした。

 

相手がミステリアスであればあるほど、自分を磨く努力をするものではないだろうか。

 

知りすぎてしまう現代の若者たちは、少し可哀想な気がしてならない。

知らなくて良い事も知ってしまう。それには心の痛みも伴う場合もあるだろう。

 

人の“心の強さ”までは、今も昔も変わらないだろう。

打ちのめされる機会も増えてしまった分、恋を楽しめない若者が増えてるとしたら・・・

 

来るかどうかわからない待ち人を待つあの時間を過ごさせてあげたい

心を鍛えるにはもってこいの素晴らしい時間だった。